Killing me softly with his song

 スコールが彼の問いに答えよう、と口を開いたその時、ドアベルと共に入り口のドアが開いた。
 目線を投げた先には肩に雪を乗せたダウンコートの銀髪の青年が戸口に立っていた。彼はその雪を払うと、カウンターへと歩いてきて、バッツと一つあいだを空けて席に着いた。
「ギネスをくれないか」
「あ、ああ……」
 青年が自分に声をかけたことに若干安堵しながら、スコールはビールサーバーから注文されたものをジョッキに注ぐ作業に入る。みるみるうちにグラスは黒い液体と泡で満たされていく。
 まだ少し胸がざわついている。タイミングを逸してしまって、あの質問には結局答えられていないままだ。ふと、バッツに目をやると、あれっきり何も言わず大人しく手元のホットワインを飲んでいた。仕方なく手持ち無沙汰な気持ちのやり場を、今しがたやってきた青年に見つけようと、話しかけてみる。

「……珍しいな、あんたが週末以外に来るなんて」
「そうだろ? 人と待ち合わせしているんだ」
 バッツの隣の青年をスコールが見かけるのは、それこそ週末の夜だけだった。今日は月曜の夜。この穏やかな笑顔を浮かべる近所の花屋で働いているという純朴そうな青年には少し好感を持っている。彼が現れたことで、自分の内にあった緊張が少しほどけるのをスコールは感じた。
 その時、おもむろにバッツが立ち上がった。
「さてと…行くかなー」
 大きく伸びをした後、バッツは財布からいくばくかの紙幣とコインを取り出すとカウンターに置いた。
 どこに?とスコールが問うと、もちろん仕事だよ、と彼は肩をすくめてみせる。
「……なあスコール、おれ連絡先教えたっけ? ヒマだったら仕事上がったら遊ぼうぜ」
 いつも通り、あっけらかんと笑いながらそう提案するバッツの態度に再び、緊張する。以前連絡先は交換していた。それ以来何もやり取りはしていなかったけれど。しかし、あんな事を話した後なのに、どんな顔をして、この店以外の場所で会えばいいのか。
「いや、部屋に戻らないといけない…それに遅くなる」
「じゃあ一回戻ってから出てこいよ、おれも今日は上がるの遅いから別にいいし」
 思いつく限りの理由で誘いを退けようとしたけれど、バッツはもうスコールが逃げる隙を与えてくれないようだ。上がったらこの駅に来いよ、電話してくれたらそこまで迎えに行くから、と自分の答えを聞く前に勝手に話を進めてしまう彼に、おい、バッツ、と戸惑いの声をスコールは上げる。
「だから言ってるだろ、たまには息抜きしろよ、スコール。
 スターウォーズでもエイリアンでも、なんならスコールが好きそうな前衛映画でもいいよ、なんか見ながら、だらだらしようぜ。それにまだ、おれ、お前の答え聞いてないぜ。フェアーじゃないよな? それって」
 じゃあまた後で、な、とひらひら手を振って店を出て行くピアニストに一言も返せず、スコールはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。果たして自分は彼に連絡をするんだろうか。その問いは就業時間中ずっと繰り返される事となり、バックヤードでエプロンを外す頃にようやく答えが出た。
「スコールだ、一度部屋に戻ってDVDを取って来る……また近くに着いたら連絡する」

 それだけのメッセージを、おそらくまだ仕事中のバッツの携帯電話に吹き込むだけで、どうしてこんなに緊張してしまうんだ、おれは――スコールは詰めていた息を吐くと、その場に膝を抱えて座り込んだ。