夢に楽土を、地上に金色の光を

 地上を埋め尽くす天使【アイオーン】の脅威が去り、エーテル力が世界から消え、数年経った。星の危機を乗り越えたことをきっかけに、大陸や国家間の交流も以前より盛んになってきている。そう、イグニスの大国・アヴェにて旧・王族のバルトロメイ・ファティマ殿下とニサン正教 大教母様の婚約のニュースが、遠くアクヴィエリアまで聞こえてくるほどに。
 孤児院で一番忙しい朝の時間を乗り切り、静かになった食堂でコーヒーを片手に、そんなニュース記事を眺めていた時だった。

「ねえ、お兄ちゃん……行くの?」
 あの頃よりも少し背丈が伸び、大人びたプリムが背後から訪ねる。言わずもがな、二人の結婚式のことだ。
「行けたらいいけど……何本も船や飛行機を乗り継いでいかないといけないし、すごく時間が掛かるだろ? どうかなぁ」

 昔より子供の数は少なくなったとはいえ、何週間も孤児院を開けるわけにはいかない。訪ねていくのは実質不可能だ。

「……行きたいなら、行けばいいのに」

 そう不満気に妹がつぶやいた時だった。
 あたりに轟音が響いたと思うやいなや、孤児院の窓ガラスが揺れ、窓の外に土埃が舞い上がる。
 何事かと戸外に飛び出すと、だいぶ上の方から聞き覚えのある、むかつくくらいに自信たっぷりな声が聞こえてきた。
 顔を見なくても、もう誰だか分かる気がする。

「よう、ビリー。少しジェシーさんに似てきたんじゃないか? どうせ手紙書いても、何だかんだ理由つけてこないつもりだろーと思って」

 スレイブジェネレーターの代わりとなる動力機関を載せ替えたと風の噂に聞いていた、見覚えのある潜砂・潜水・飛空艦の甲板から、何やら文字が書かれた紙ヒコーキを飛ばす、現・アヴェ国大統領。
 いやんなるくらい、正確にそのヒコーキは僕の手元めがけて飛んできた。

「シタン先生も、フェイも、エリィも来るぜ。もちろんチュチュも。リコとマリアとエメラダんとこはこれからだけど」

 紙ヒコーキには、正式な招待状には程遠い様式と走り書きの筆跡で、「ビリー・リー・ブラック殿 貴殿ヲ コノ日時 ニサン大聖堂ニ招集ス」と書かれていた。

「え?  わざわざこれ渡しにアクヴィまで来たの? キミってやっぱり……」

 とっても馬鹿げてる、と言いかけたその時、甲板にもう一つ、見覚えのある人影が見えて、僕は慌てて口をつぐむ。

「やあ、ビリー。久しぶりだな。今、そちらに降りて行くよ」
 背後から初夏の太陽を受け、バルトの髪もシグルド兄ちゃんの髪も眩しく輝く。海風に揺れる金髪と銀髪が、まるで誰かさんが語った夢の風景みたいで。僕は、二人に手を振りながら、久しぶりに腹の底から笑った気がしたんだ。

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