夢に楽土を、地上に金色の光を

今でははっきりと質感を持って思い出せるのに、何だって忘れてしまっていたのか。あの国の事、そしていくつもの思い出について。

 ソラリスが堕ちた後、自分と同じくソラリスに住んでいた事があるというシタンさんに聞いてみた事がある。

「あくまでこれは私の推測ですが――」

 シタンさんはそう切り出し、僕に起こったかもしれない幾つかの可能性を列挙し、分かり良い言葉で手短に説明してくれた。

 その頃の僕達は、カレルレンやガゼル法院に先駆け、アニマの器を手にするため奔走していた。時間があればニサンに集う人々の治療に当たっていたし、休まる時間はあまりなかった。飛空艦での移動の間も、自分たちのギアの整備や武器の手入れなどやる事なんて沢山あったのに、嫌な顔一つせず時間を割いてくれる穏やかなシタンさんを見ていると、うちの親父とは大違いだと心底思う。

「刻印については以前お話しましたね。ビリー、あなたの場合、「刻印」と『教会』の教えを利用したある種の洗脳を受けていた、と考えるべきでしょう」

 僕らの中に潜む刻印――神聖国家ソラリスへの潜在的な畏れを利用し、マインドコントロールによって、ソラリスの記憶を教義にある安住の地のイメージと意図的に「誰か」がすり替えたのではないかというその推測は、以前ならばとても信じられなかったろうけれど、今ではすんなりと受け止められる。

 あなたがソラリス人である事を知る人間は、あの国の実態が伝播する事をリスクと考えたのでしょう、とシタンさんは言った。民衆に『教会』の実態をカモフラージュするための教えを伝える人間も得られ、なおかつ危険因子を取り除ける好機を見逃さなかった、とも。

 それから、他人が洗脳するまでもなく自身で記憶を手の届かない無意識下へ追いやってしまう事だってあるでしょう――そう口にすると彼は不意に遠慮がちな視線を何かに向け、しばし言葉をつぐんだ。丁度僕らが話し込んでいる同じガンルーム、離れた所にいたのはフェイだ。

「時にさいわいに満ちた日の記憶すら、覚えておくにはあまりに残酷で辛く感じられる事もあります。あまりの苦痛にその日生きる事を諦めるより、また立ち上がり、長い人生の中でそれに向き合うため、様々な自分の感情を押し殺し、生きていく事を選ぶのはそう珍しい事ではありません。勿論、彼の場合にはあまりに込み入った事情がありますが」

 階下の居室から駆け上がってきた緑色の髪の少女に飛びつかれ、少したじろぎながらも笑っているフェイはまだこちらには気づかない。かつて僕に存在意義を与えていた、あの偽りに満ちた世界から抜け出すきっかけをもたらした新しい、大切な友人。彼が己を分かつことでしか耐えられなかった記憶はどんなにか壮絶だったのだろう。また、背負っていかねばならない恨みの声、軽蔑の視線、罪の意識の苛烈さは。

「しかし、最早あなたは不条理に抗う術を持たない子供ではありません。痛みと向き合い、大切な記憶を取り戻したのですから。どう生きていくのかは、あなたの自由なんですよ、ビリー」
「僕は……」

 どう生きていってもいい。それはきっと、僕が行ってきた「贖罪」についての言葉でもあるんだろう。優しく諭すようなシタンさんの言葉を聞きながら、フェイの中に生きているもう一人の「彼」の姿を思い出し、俯く。
 忘れたいほどの罪の意識、その一端くらいは想像が付く。僕も生きながら異形と化した人たちを手にかけてきたんだから。そして、愚かにも今なお、どこかにいるかも分からない「神」に、その人達の無念や苦しみが癒されるよう、願ってしまうんだ。

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