パ・ド・ドゥ

 うそだと思った。

 先程までフリオニールは最初のプラン通り、部屋に帰って、妹が買ってきたデリの惣菜を肴にビールを飲みながら幸せな週末の過ごし方についてのアイディアを練っていた。入れっぱなしにしていた野球のナイター中継は気がつけば終わり、続いてニュースが始まり、それから明日の天気予報へと切り替わった所でビールが切れてしまった事に気がついた。
帰る前に買って来るべきだった、と一人ごちた後、しぶしぶ単身者用のアパートの入り口を出て、寒さに震えていたところにそれは起きた。
アパートの道路を挟んだ向かいは自分の勤める花屋。部屋から走って30秒の職場。
 素晴らしい立地条件も今の仕事が好きな理由の一つだけれど、でもそんなこと、今はどうでもいい。

 きっと誰かにあげてしまうか、捨ててしまうと思っていた。
 たしかに、現実感のない作り物めいた顔の、ふわふわとした真珠色の髪のその人は、外套が照らす暗い道で、まだ、そして確かにフリオニールが届けた花束を胸許に抱え、自分の店の前に立っている。
 彼の部屋にあの花束は飾られるのだろうか?
 フリオニールの前をパトカーがサイレンを鳴らしながら走っていく。
 自分の頭の中も軽い緊急事態で。声をかけようか、どうしよう。なあ、どうしてあの時、あんたは「ずるい」だなんてあんな言葉をおれに洩らしたんだ。頭の中に聞きたい事が溢れてくる。それはあと少しで声になって彼に届くはずだった。
 パトカーの音が遠ざかっていく。通りの反対側にセシルはもういない。