真夏の砂都に銀の雪

 ついに雨季を迎えた黄金の都・ウルダハ。街や人々を照らす陽光は苛烈さを極め、大気もまたうんざりするほどの湿り気を含む、不快なものへと変わってしまった。砂漠の民たちは涼を求め、アーゼマ神の象徴たる太陽が最も高くなる時間には午睡を取り、日が落ち、比較的気温が低くなる夕方になってやっと市場へと繰り出し始める。
 ある者は市中のティースタンドで氷とハーブをこれでもかと詰め込んだ清涼感のある薬草茶ハーバルティー遊技場ゴールドソーサーに少し涼むつもりで繰り出し、ひと時の夢を追いかけるだけでは飽き足らず、持ち金全てをすってしまう人間もいるとかいないとか――これが猛暑に見舞われる砂都の夕刻の過ごし方だ、とフレイ・ミストは、連れ立って歩く、大剣を背中に背負ったその人から教わった。
 暗黒騎士としての修練、そして儀式を終え、ウルダハへと帰還したフレイと光の戦士もまたつかのまの涼しさを求め、特に目的地を定めることなく、ぶらぶらとナル回廊とザル回廊を練り歩いていた。
「えっ、暑くはないのかって……? 肌を覆っているほうが消耗せずに済みますよ。それに――君だってほとんど同じような格好してるじゃないですか、もう!」
 何かを期待するような目で己のバルビュートを見つめるきょうだい弟子にフレイは「そんな風に熱心に僕を見たって、何も面白いものはあげられませんよ」とぴしゃりと告げておく。
 人々の生活の息吹を感じる賑やかな市場のあちこちで、光の戦士は背中に背負ったズタ袋がいっぱいになるほどに、乾パンや葡萄酒などの食料や、鈍く輝く鉱石に色鮮やかな布などの製作クラフト材料、はては何に使うのか分からないイモリの黒焼きなど――とにかく色んなものを時には大雑把な値段で、そしてたまには値段交渉を楽しみつつ、買い集めている。
――そんなに買ってどうするんだろう、って思った?
 相手を観察しているつもりが、突然こちらの思考を読んだような言葉が隣に立つ人から飛び出してきて、思わずフレイはばつが悪くなる。
「もっと路銀は大切にしないと。いつどこで何が必要になるか分かりませんよ。君だってその……駆け出しの頃はテレポ代の捻出にも苦労したって言ってたじゃないですか」
 こちらの心配をよそに、最近はギルド納品で少し余裕が出てきたのだ、と光の戦士は心なしか誇らしげに呟く。その言葉通り、確かにその人の全身を覆う装備は、己が手で作り上げたものもあるだろうが、明らかに旅を始めたばかりの人間が身に着けるそれとは異なる、上等なものばかりが揃っていた。
ザナラーンや黒衣森を根城とする盗賊たちに目を付けられ、命からがら逃げだしていたという頃とは、装備も旅の目的もきっと全てが変わってしまったはずだ。「野暮用」のため、彫金ギルド工房へ寄っていくというきょうだい弟子にそう告げることができないまま、フレイは目を細め、複雑な気持ちでその背中をただ眺めた。

 このそぞろ歩きも、次の定期船が出るまでの短い間でもう終わり。次に雲霧街で光の戦士と再会する頃にはきっと、こんな風に何気ない時間を過ごす猶予はフレイには残されていないだろう。
 あらかた都市内を見終わった後、そんなことを考えながらぼんやりと、ウルダハ・ランディングのベンチでゴールドソーサーへと旅立つ人々や各都市を目指して旅をする商人の姿を眺めていると、 不意に隣から肩を叩かれる。
ひとつ隣に座ったその人は、フレイの目の前に何やら小さな包みを差し出した。
「……これは、」
 こちらが尋ねるよりも早く、光の戦士は「見本」の印が押されたその小さな箱を開き、中からそっと、丸いガラス細工めいたものを取り出して、目の前に掲げて見せる。
 見ていて、という言葉に素直に従い、何かの液体が中に満ちたその玉をじっとフレイは見つめる。光の戦士がそれを軽く上下に揺さぶると「スノードーム」と呼ぶらしい、その小さなガラス玉の中には吹雪が巻き起こる。ウルダハの夕刻の光に照らされ、銀の雪はきらきらと舞い、輝いた。小さな猛吹雪の真っただ中にはよく見れば特徴的なイシュガルド上層・ラストヴィジルの風景が広がっている。模型ミニチュアが封入されているのだ。
――雪を見れば、ウルダハも少し涼しく感じるかと思って。
 ゴールドソーサーの景品見本用資材を彫金ギルドで分けてもらい作り上げたというそれの底には、ご丁寧にオルゴールまでついている。作者自らネジを回せば、どこか懐かしく、寂しげなメロディが聞こえてくる。
 その瞬間蘇るのは、雪降りしきる冷たいイシュガルドで「フレイ」が、光の戦士と呼ばれ、各地で英雄とあがめられるこの冒険者の共犯者となると誓い、手を取った日の光景。
 あれはほんの少し前の出来事だったはずなのに。だけど、もうじき時は尽きてしまう。ちょうど目の前にある、巻きの足りないオルゴールみたいな具合に。
本当はフレイの人形も作りたかったけれど、と言いながら精巧に作り上げられたスノードームをこちらに渡そうとする大切な人の手を、フレイは退ける。
「僕は大丈夫。少しくらい暑いほうが好きなんです。それは君が持っていて」
 そう、もうあんな寒く、心細い思いは十分だ。どんな助けも届かない雲霧街の階段で死の恐怖を感じながら凍えるのも、大海嘯押し寄せる双胴船の上で恐怖に震えることも。
 残念そうな表情を浮かべた冒険者の肩にフレイは手を遣れば、慰めるような口調で言葉を続ける。
「君が作ってくれたものを受け取れなくて、本当にごめん。でも僕のことを思ってくれるなら、それは君に持っていてほしいんだ。だって明日をも知れない暗黒騎士が持つには、あまりに美しすぎるものだから」
 まあ、君だって暗黒騎士だけど、まだ倒れられない理由が君には数百も数千もあるでしょう、と先ほど市場で山というほど買い込んだ品々が詰めこまれたズタ袋をフレイが指さすと、少しばかり恥ずかしそうに光の戦士は微笑んだ。

 飛空艇で移動をし、それぞれの目的地で別れる直前、己の人差し指を口元へともってくれば、ただひとりの共犯者に向けてフレイ・ミストは秘密めいて呟いた。
「そうだ、僕もきっともうすぐ、君の見たかったものを見せてあげられると思います。だからどうか、それまで健勝で」