(たったひとりの)ともだちへ

 何やってんだよ、って笑われるかもしれないけど、オレが自信持って出来るのはコレくらいだからさ。

 ノクトをルナフレーナ様(ああ、あの手紙の心とろかすような甘い匂いを思い出すといつだって安心な気持ちになるーー)のところへ送り届ける旅に出る前、ノクトのために何が出来るかずっと考えていた。
持ち前の頭脳と長い時間をかけて得た戦いの技術、そして玄人はだしの料理でノクトを支える「彼」や、幼い頃から王家の盾になるように定められた「彼」のように、ルシスの王子であるノクトを助けることはできない。
幸い、銃の扱い方は不思議と体に馴染んだけれど、いざっていう時、本当にノクトの力になれるのか自信がなかった。

 初めて姿を見た時から「特別」だったノクト。月のない晩の静かな夜空みたいな美しい髪がきれいで。背負ったものの大きさのせいで、周りからどうしても浮いてしまう彼が、いつからか気にかかっていた。そんな彼と「ともだち」になるって、ルナフレーナ様の手紙を読んで決意してから数年、初めてノクトとちゃんとした話をしてから知ったのは、ノクトにもオレとおんなじ、フツーの人間だってことで。

 放課後、ハンバーガーショップでダベったり、ゲーセンでゲームに熱中したり、ホントに同じ年頃の「ともだち」みたいに過ごした。不意にノクトが全然違う世界のことを考えてるってカンジの遠い目をしたり、部屋に遊びにいくと妙に苛立っていて、その近くに機密資料らしきモノか無造作に置かれたりしている時以外は。

 いつか「父さん」と「母さん」に聞いたことがある。ルシスを守っていらっしゃるのはレギス陛下だって。レギス陛下のおかげで私たちは何事もなく幸せな日々を送れるんだ、って。
ノクトもいつかきっと王様になる。ルシスの人たちの命や平穏な暮らしを一身に背負う。
王様の使命っていうのがどんなに大変なものか分からないけれど、きっといつかノクトはオレのフツーの「ともだち」であることを辞めて、「ノクティス陛下」と呼ばれる人になるんだ。

 そう強く感じるようになったのは、学生の頃、テスト勉強しよーぜ、と誘われてノクトの部屋に泊まりにいった時だった。
 案の定、勉強なんか1時間で飽きてしまって。それからは他愛もない話ばっかしたっけ。最近ハマってるゲームの話とか、どんな女の子がタイプだとかそんなの。
 でも、ノクトに「なー、お前、好きなヤツとかいるの」って聞かれた時は、思いっきりテンパっちゃって。だって、その時気づいちゃったから。長いこと、自分にとっての特別はノクトだったんだって。
 最初はキツかったランニングも頑張れたのも、「ノクティス王子と胸を張ってともだちになる」ため。親が不在がちでさみしくって、誰もいない家でぽつんと過ごすむなしさも「その日」が来ると思えば辛くなかった。これでちゃんと話かけられる!と思った時の胸の高鳴りは、ルナフレーナ様との約束がついに果たせるからってだけじゃなかった。
「アハハ……そんなの、いないって~」
「ウソだろ、教えろっての! 別に誰にも話したりしねーし」
「だからウソじゃないってば!」
 ふざけてじゃれあってるうちに気が抜けたみたいで、不意に手首のリストバンドがずれて「絶対に人には見せてはいけない」と言われていた刻印をノクトに見られてしまって。
「これさ、親に『絶対人に見せるな』って言われててさ。何でなんだろ〜ね、ハハ……。だからさ、今見たの……忘れてくれる?」
 ノクトが刻印を見た時、それがどういうものかわかんねーけど、と前置きをしてから「でもコレがお前につれぇ思いをさせてきたんだよな」とまるで自分事みたいに苦しそうに呟いた。
 そして、刻印がある方のオレの手を両手でそっと包むと「今見たもんは忘れねーし、こんな印くらいでお前のトモダチは辞めねー」って真面目な顔してこっちを見つめてくれたこと、未だに思い出す。
 きっとオレにしたのと同じように、もっと沢山の人たちの苦しみに寄り添うようになるんだろう。
 なら、せめてその時が来るまで、気楽にノクトが過ごせるようにそばにいよう、って決めたんだ。

 学校を出て、王都警護隊に入ってから、なんだか毎日があっという間に過ぎていくみたいだった。いよいよイグニスとグラディオ、そしてノクトとルシスを旅立つことが決まった日の晩は眠れなくって。
 何となくこれまで撮った写真を眺めていたら、そこにはいろんなノクトがいた。
心から笑ってるみたいなノクト、ちょっと寝癖がついてる間の抜けたノクト、ゲームに熱中してるノクト、幸せそうにうたた寝してるノクト。

――なんだ、オレに出来ること、あったじゃん。

 すぐに終わるはずだった旅は、ノクトにもオレたちにもあってはならない喪失と共に、あてのない旅に変わってしまったけど、それでも毎日カメラのシャッターを切った。
 この旅が終わったら、オレもノクトもみんなも、今みたいには過ごせないから。だからこそ、いつか振り返って懐かしく思えるように。とてつもない困難に立たされても、この旅を思い出して勇気が湧くように。なるべく「ともだち」としての今の時間を、自分のために残しておきたくて。

 最近、戦いの最中に「魔法」みたいに(いや、魔法なんだけど)ノクトが「シフト」でどんどん遠くに行ってしまうのを見ると、いつか見た、遠い目をした彼を思い出す。

 こんなこと恥ずかしくて全然言えないけどさ、今はまだあんまり遠くに行かないで欲しいよ。未来の王様、そして孤独だった僕のーー、オレの「ともだち」に。