僕らは悲しいほどに弱く、普通で、だからもしもの話をするけれど

 満たされた感覚のまま、ウェスで軽く身を清めたり後始末をし、着衣を正してもなお何となく離れがたく、いまだにフリオニールはセシルとこうやって、ふざけて取っ組み合った時と同じ具合に寄り添っていた。仲間のいる場所へそろそろ戻らなければならないのに。頬をくっつけて笑ったり、手慰みに互いの髪を触りあったり。一緒にいればいるほどどんどんそこから動けなくなっていってしまうような心地がする。
 遅くなってしまったし、もう戻ろう。そう言って先に体を離し、立ち上がったのはセシルだった。
「ねえ、フリオニール。実はね、色々考えちゃうし、こうだったら良いのにって思う事、僕もあるんだ」
 いつか訪ねていく事も出来ないそれぞれの場所へ戻される事も、それすら叶わずに消えていく恐れを抱く事のない世界で出会っていたら。
 人の生き死にに関わることみたいに心底暗くなってしまうような事じゃなくって、もっとくだらない――例えば食べ物の好みだとか、そういう感じのどうでもいいことで喧嘩したり、どんなにお互いを貪っても翌日の寝不足くらいしか困ることのない、そんな生活が出来たら。
 互いに思いつく限りのそんなちっぽけな「もしもの話」をした事もあったけれど、それらはいつだって口に出した途端に寂しさが広がっていくような、悲しい夢だった。
「本当は、ここでの事を忘れずに元の世界で暮らすのも、君の事全部忘れて生きていかなきゃいけないのも、どちらもものすごく怖いんだ」
 それから憂いを払うよう、一呼吸の後、穏やかな笑い顔と共に告げられた、今この時において唯一考えられる現実的な提案を受け入れるべく、フリオニールも、その言葉と共に差し出されたセシルの手を取ると、ようやく立ち上がり、頷いた。

「でもとりあえず今はゆっくり休んで、それから明日も一緒に目を覚まそう」