僕らは悲しいほどに弱く、普通で、だからもしもの話をするけれど

「なあ、セシル、変な話だけどさ、この頃よく思うんだ。もし、おれたち、こんな所じゃなく会ってたら、どんなだっただろうって」
 寄り添いながらふざけあったあげく、笑いすぎて苦しくなって、二人でひぃひぃ言いながら息を整えて。こんな風に馬鹿をやっている時、フリオニールはいつもつい、そんな事ばかり考えてしまう。叶いようのない仮定の話だけれど、それでもそれを口にしている間は、例えば、今、自分の膝に穏やかな顔をして凭れているその人ともうすぐ別れなければいけないとか、そういう寂しさを忘れられるような気がした。

「どうかな、案外どこにいたって、今と変わらないかもしれないよ。中々素直になれなかったり、思いっきり遠回りな事したり……他の人から見たら、やっぱり、そんなまどろっこしい事ばかりしてるのかも。だけどさ、」
 僕はやっぱり、この世界で君に会えて良かったと思うよ。膝から体を起こして、フリオニールの肩に手を回しながら、いつものひそやかな笑い方でもって、セシルはそう言った。
    
*

 もうこういう事は何度もしているけれど、未だにその光景に慣れる気がしない。座って膝を立てている自分の股ぐらに収まったセシルが、軽く眼を伏せ、鎧下の上からそこに頬ずりしたり、口付けたりする光景は確かに、いやかなり扇情的であるし、正直それ以上の事だとかを想像しては何とは言わずお世話になった事もあるけれど、だからこそなのか、いかんせん坐りの悪さに慌ててしまう。だって、普段は――そもそも一男性に対して清楚だとか清廉そうだとか言うのはナンセンスだろうけど――嬉々としてそういう事をしそうなそぶりは、全く見せないっていうのに。

 擽ったそうな顔をするのがおかしいのか、こちらを見上げながらセシルが薄く笑う。おまけに「どうしたの? 君の匂い嗅ぐの好きなんだけどな、恥ずかしかった?」なんて言われてしまったら、ああ、もう、どう答えていいやらで。
 フリオニールが言葉を無くしているのを尻目に、いよいよセシルがフリオニールの下穿きごと、履いているものを脱がそうと手を掛けたので、さすがに手を重ねて静止する。
「じ、自分で脱ぐから……!」
 つまらないなぁ、なんて若干不服そうに言われてしまうと、ちょっとすまなく思えてくるけれど、何となくそれでも脱がせてもらうのは気が引けた。しかし、まあ、この格好、もし誰かに見られたら相当マヌケだろうなあ、とは思わずにはいられない。
 仲間が野営地のコテージで休んでいる中でこんなふうにふざけあいながら肌を重ねるのは何となく気が引けたのでそこから飛び出してきてしまったけれど、これはこれで、うっかり同じように夜風に当たりに来た誰かに見つかってしまったらどうしようとか、そういうスリルがある。

「ふふ、またバレちゃったらどうしようって気にしてる? その時は仕方ないし、開き直るしかないよ。『こういう関係でした』って言えば済む事だし、別に悪いことしてるわけじゃないんだから」
 こういうことに関して言えば、彼の方がずっと肝が据わっているのをつくづくフリオニールは実感させられる。下に履いていたものを全て脱いでしまった後聞こえた、「まあ、もうバレちゃってるかもしれないけれど」みたいな台詞に一々動揺している自分が少し悲しくなってくるくらいに。
 すん、とあらわになったそこの匂いを愛おしげに嗅いでから陰茎の先の方に軽く口づけを落とす、セシルの表情を眺める。淡い月の明かりを受けて輝く乳白色の髪だとか、節目がちになった瞳を縁取る同じく薄い色の睫毛だとか。どれもずっと近くで見てみたいと思っていたものだった。
 白く長い指が柔らかく性器全体の形をなぞるみたいに、まるで焦らした感じに撫でていくのには、思わずざわりと落ち着かない心地になる。そこを握られ、上へ下へとゆるく扱かれるうちに溢れる粘度を持った液体が彼の手を汚していく事には興奮と共に、軽く心地良い背徳も覚えた。あんなにも焦がれた、そっと遠くから見ていたいと思っていた美しいものが自分のせいで汚れるのは、中々にいい気分だった。手の中で跳ね育っていくペニスを喜色の覗く目を細め、見つめるセシルの顔にその実感は強くなる。
ーーこれ、すごく美味しそう。ね、どうしてほしい? フリオニールは口でされるの、好きだったよね。
大切なおもちゃでも触るみたいに性器を弄びつつ、首を傾げて、そう尋ねるセシルの声にも大分陶然としているような気配を感じる。
 こうなってみて初めて知ったけれど、わりとセシルは口に出すのをためらってしまうような事を言うし、それを口にする事自体に気持ちよさを見出しているようにも見える。時々フリオニールがそれに狼狽するのを見て喜んでいるような節があるから余計にタチが悪い。今だってほら、なんだかこちらが辱められているような気分になったりするくらいで。けれど恥ずかしいという感覚がそんなに悪いものではないというのも、確かに彼との関係で知った事の一つである。
 こちらの肩に手を伸ばしかけ、何かにはっとしたようにそれを引っ込め、片手に付いた体液を舌で舐め取るセシルの姿には、やはりどきりとする。
「ごめん…服、汚れちゃうかもしれないけど」
 そう言うが早く、清めたほうの手を肩にかけて腰を浮かせると、もう片方の手でペニスをにぎったまま、セシルは立て膝になった。それからごく軽く何度か、フリオニールの薄い唇に自らの唇を押し当ててくる。不安定な体勢のせいでそんな浅いくちづけしか出来ないのが何だかじれったくって、フリオニールはセシルの頭とその背中に手を回す。
唇を食みあい、互いに舌を絡ませ、まるでチョコレート菓子でもとろかすような心地でうっとりとキスする時の、少しばかり苦しそうなセシルの顔を見るのが好きだ。不意に視線が合うと、目元だけで笑うのも。湿った唇の弾力を確かめるように歯を立てると、にわかに立ち上がる攻撃的な気分にフリオニールはくらくらしそうだった。
 そんな気分の高揚が伝染したかのように、セシルも着ていたシャツをまくりあげれば、一秒でも時間が惜しいという具合にそれを脱ぎ捨ててしまった。髪と同じように、青白い光に輝く白い肌も触れるとぼわっと暖かく気持ちが良い。
 興奮すると何処とは言わず肌を噛む癖があるのを知っているせいか、わざと白い首筋をセシルが差し出したのを見れば、わずかにそこに滲みはじめた汗を舌で舐め、フリオニールは軽く歯を立て、甘噛みする。
 そんな事をしている間にもずっとセシルの手によって撫されている性器は、大分余裕なさげな感じになってきてしまった。辛くなってきたの目で訴えてみれば伝わったようで、苦しい?と耳元で囁かれ、その感覚にさらにぞわっとする。
「……急がないとね」
 言葉に出さず頷いて同意を示すと、ちょっと待っていて、と言い残し、残っていた着衣を脱ぐため、一瞬セシルが離れた。
 そういえばこういう事にはずっと人並み程度にしか興味はないと思っていたっていうのに。こんな風に時間を見つけて顔を合わせれば慌しく交わってばかりいる現状に、そろそろ二人とも頭がすっからかんになってしまうんじゃないか、とフリオニールは少しだけ心配せずにはいられない。まあしかし、何にせよ、互いに相手に告げることなく懸想していた頃に比べれば、随分贅沢な悩みではあるけれどとも。

*

 軽く扱いてからそれを手で支えつつ、上から跨る格好で、慣らしたばかりの後ろにセシルは少しずつ、充分すぎるほど立ち上がったフリオニールの性器を飲み込んでいく。さすがに準備が足りなかったのか、やや苦しげな表情を浮かべながら、息をついて何とか力を抜こうとしているように見えた。冗談めかして「止めておこうか」と聞けば、首を振って、「嫌だし、もう無理」だとか、意地を張ってるみたいに聞こえる余裕なさげな言葉が返ってくるのに思わず笑ってしまう。
 しばらくじっとして性器がセシルのそこに馴染んだ後、ごく軽く上下に揺さぶられれば、呻かずにはいられない。
少しは慣らし足りない結合部の苦しさが楽になるだろうかと、フリオニールがセシルの前に手を伸ばし、彼がしてくれたのと同じようなやりかたで触れていくうち、うっすらとセシルの目許が染まっていくのが分かった。
あまり声を出さないようお互い気をつけているせいか、余計に粘着質な水音が耳に付き、余計に気分を煽られる気がした。そして時々鼻から抜ける、切なげなセシルの啼き声にも勿論。
 自分の上で腰を揺らすその人の表情に苦しさよりも恍惚としたものが混じってきたのを見れば、追い打ちをかけるよう、下からも軽くフリオニールは揺さぶってやる。善い所に当たっているのか、体を震わせながら、頑として声を漏らすまいとセシルは口許に手を遣っている。それからすぐ、きゅうきゅうと中の締め付けを強くしながら、射精もせずに彼は達した。
 ごめん、いっちゃったみたい、と震えを抑えるみたいに抱きついてきたセシルを軽く上体を起こして抱きとめると、ずるりとまだ張りつめたままのフリオニールの性器が抜けた。
 間を置かず、今度はそれまでとは反対に、フリオニールは組み敷いたセシルに脚を抱えさせ、もう一度弛緩し、おあつらえ向きに広がった形のままのその穴に自身を押し挿れていく。温い肉に包まれる感覚が心地よくて目を伏せる。
 さっきよりもスピードを上げて腰をぶつけると、その度短く声が上がる。まだ達した感覚が収まらないのか、上手く声を押さえられないみたいだった。大きく脚を開いて結合部を晒しながら、呼吸を求めて時々苦しそうに喘ぐ、平素の冷静さのかけらもない思い人の必死な姿に思わず何かが煽られ、思わずフリオニールの手は勝手に動いてしまう。そうして首に添えられた手にセシルがただ頷くのを見れば、指に軽く力を入れる。喘ぎ声が潰れ、代わりにひゅうひゅうとした音が聞こえ始める。それに伴って強くなる締め付けにいよいよ我慢できなくなると、フリオニールは後孔から性器を抜き、まだ達した余韻で身体を震わすその人の腹に精液をぶちまけた。