サマタイム

夕方の西日を浴びながら商店街へと帰る道のりは、なんだか落ち着かなかった。
好きだ、なんて人から言われたこと、今までなかったもんだから。くすぐったくて、それがそういう意味じゃないってわかっていても、気恥ずかしくなっちまう。
センパイも疲れたのかずっと黙ってっし。
まあずっと今日暑かったしな、なんて考えてたら、もうすぐオレんちに着くってとこで、急にセンパイが神社に寄りたいって言い出した。まあ、別にいいけど。
小銭を賽銭箱に入れ、お参りする先輩の後ろ姿は、ちょっと真剣すぎてなんだか空恐ろしいかんじだ。何を熱心に願っているのか。後ろに突っ立って見てるオレには分からない。

お参りし終わった先輩が振り向くと、何かよく分かんねーけど、こっちが笑っちまいそうなくらい真剣な顔をして、オレを見てた。
でもオレ、あんま頭よくねぇから、センパイが何でそんな顔してんのかちっとも分かんなくて。
「なあ、センパイ。やっぱ辛いことでもあるんスか」
もしかして喧嘩でもふっかけられましたか?なら助太刀するっスよ、とか言ってるうちに、何か言い難そうにしてるセンパイに手を掴まれた。
自分が何かしちまったのかとか見当違いの事考えて、やっぱり怖くなりながら、黙ってセンパイの言葉を待った。
「笑わないでほしいし、からかってるわけでもないと分かって欲しい」
ひどく言いにくそうに、ぐっとボリュームを落とし、彼は切れ切れに言葉を吐いた。
「 ……やっぱり好きになってしまったみたいなんだ、とても。おまえのこと」
頼むから怒らないで聞いてほしいと言うその人の、膝の上で握られたゴツゴツとした片手は、叱られたガキみたいに震えていた。
「……センパイ、冗談ならホント、タチ悪ぃっスよ。わざわざこんなトコきて、何したいんですか」
「そうだよ、冗談でこんな事言えない」
その人の頬がさっと染まっていく。
さっきの言葉も、たまに挨拶みたいにセンパイが呟く「かわいい」だのなんだのも、全部冗談なんかじゃなかったんだ。
オレの手を掴んだセンパイの手が冷たい。
「なんで……なんでオレなんだよ」
「そんなの、俺が聞きたいよ」
いつもの飄々とした態度からは考えられないほど真剣で、そしていつもよか随分小さく見えた。まるでどこにでもいる、フツーの高校生みたいで。
「お前を見てると、嬉しくなるんだ。笑ってるとことか、ずっと見ていたいし…気持ちに嘘がないから、一緒にいると胸がすきっとしてさ。こんな言葉で伝わるか分からないけど、好きなんだ、完二が。付き合ってほしい……」
震える声で語られる言葉のひとつひとつがオレに向けられている。そう思うと不思議な気持ちだった。そして、もしその言葉をないがしろにしたら、すごく傷つくのだろう。周りからつまはじきにあって、そのうち誰かとフツーに笑ったり、ダベったりすることをあきらめたオレみたいに。

 

ーーそうだ、全部あきらめてたんだ、オレ。この人ら、いやこの人に会うまでは。
ぐっ、と拳をにぎり、深く息を吸う。
「なあ、センパイ」
目の前に立つその人は、声をかけるとビクッとからだを震わせる。涙目になってる彼から目をそらさず、しっかりと見据えた。
「正直、センパイがなんでオレなんかを、その……すき、だなんて言うのか、わかんねーけどよ。だけどさ、そのワケがオレにもハッキリ分かるまで「つきあう」ってやつ、やってもいい。ガチで言ってんのはわかるしさ。オレはセンパイに、命救われた身だから、腹くくるっすよ」
命だけじゃなかった、救われたのは。ガキの頃に言われた言葉を気にしてイジケてた心もだ。それにオレだって、センパイと一緒にいる時間は嫌いじゃない。
「……本当に、いいの?」
センパイ、怒られて外に出された子どもがやっと家に入れてもらえる時みたいな、おっかなびっくりした顔してる。まったく、そんな顔、初めてみたよ。
「はは、なんつー顔してるんだよ、センパ…」
それはあまりに一瞬のことで、何かの間違えかと思った。むっとしたような顔したセンパイがオレの肩に手を掛けて少しだけ背伸びし、それからーー唇に軽く触れるだけのキスをした。それは柔らかで、存外にやさしい感じで。唇が離れた後、「今、この人とキスしたんだよな」と思ったら、急に心臓がうるさくなってきた。顔が熱い。
「完二こそ、顔真っ赤じゃないか」
さっきまでほとんど泣き出しそうな顔してたくせに、急に元気になりやがった。
「う、うるせー」
悪態つくオレの胸に頭を預けると、センパイはひとしきりくつくつ笑っていたのだった。

 

家に帰ったのは、辺りがとっぷりと暗くなった頃だった。お袋はとっくに夕飯も終わらせてて、テレビなんか見てくつろいでた。
「お湯がもったいないから早く入りなさいな」と勧められて、風呂場に直行する。
静かな風呂場で湯船に浸かってると、色んなことが頭に浮かんでは消えていく。暑かったなあ、とか、明日も補講だりぃなあ、とか、ーー不意に蘇る、泣き笑いしてたセンパイの顔。付き合うなんて言っちまったけど、これからどうしよう、とか。
夕方の高台から見た鱗雲にセンパイが「もうすぐ秋だね」って言ってた。あの人ははっきりとは言わないが、春には多分東京に帰るのだろう。それまで一体、どんなふうに過ごしていくんだろ、オレたちは。
「……っくしゅん!」
不意にくしゃみなんか飛びだしたものだから、少しだけ笑ってしまった。もしかしたら同じ事考えてるやつが、そんなに遠くはないところにいるのかもな。

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