ほんとうをあげる

 中空に輝く二つの月のどちらもが厚い雲にさえぎられ、光の届かない夏の晩、真夜中が近くなり、いよいよ柔らかな草花がそよぐ草原にぽつりぽつりと弱い雨が降り始めた。齢はやっと十五を数える様になったばかりのカインは、一つ年下の幼馴染に手を引かれ、ほとんど夜の闇に溶け込んでしまいそうになりながら、兵学校の寄宿舎裏に広がる黒い林の中へと入っていく。
 言葉なくカインの手を握り、数歩先を歩くのはセシル・ハーヴィ。王に森の中で拾われ、養い子として育てられた、美しい子供だ。月の光に染められたような銀の髪や、ほんのりと血色の滲む白い肌。セシルが持って生まれた美しい色は、全くと言っていいほどバロンの街には馴染まず、人々の好奇の目を引いた。
 まるで誰かに見つけてもらうための目印のように、セシルの全ては特別だった。彼が本当はどこで生まれたのかをカインは知らない。それでもきっと、ハーヴィ高き者という名の通り、セシルの出自には謎めいた秘密があるのではないか、と半ば確信している。もっとも、当の本人はそんなことを気にも留めてもいない様子だし、どちらかといえば注目を集めることを厭うたちなのだが。
 セシル自身が望むか否かは関係なく、その容貌や行動全てに注目がつきまとうことの不幸は、竜騎士団長の息子として生まれたカインだからこそ、少しは理解できるつもりだった。だからこそ、ここ最近、何か思い悩んでいる様子のセシルがそれを決して自分に打ち明けないようとしないことに、半ば苛立ちも覚えていた。
 十四歳。セシルも色々と難しい年頃のはずだ。ある日突然、普段の己と全く違うことをしてみたくなるのも分かる。だけど、それにしたって、このところのセシルは変だった。
 普段なら自分やローザ――セシルよりも一つ年下の、妹のような幼馴染だ――以外と打ち解けて話すところなんてついぞ見た事ないのに、兵学校の様子を見に来た町娘たちとたわいもない話に興じてみたり、普段なら寄宿舎のルームメイトであることもあり、セシルがカインの傍を離れることなど滅多にないのに、このところは、なぜか半ば避ける様に一人で行動したりすることも珍しくなかった。
 極めつけは、先日行われた成績優秀者表彰の舞踏会での出来事だ。せっかくローザが社交の場にふさわしく盛装で馳せ参じたというのに、セシルと来たらすこしばかり彼女と言葉を交わしたきり姿を消し、肝心のダンスには誘ってやらなかったのだ――カインが彼女と踊れるよう、気でも効かせたつもりかもしれないが、遠慮など無用だ。舞踏会の後、『セシルが王の馬車へと招かれ、乗り込んでいくのを見た』と触れ込む兵学校生もいたが、やっかみから生まれたどうしようもない噂なんてどうでもいい。
 ただ、カインは一言、セシルの口から、このところのばかげた態度について聞き出せればそれでよかった。兵学校の授業はあと半年ほど残っていたが、竜騎士団入隊の準備をするため、カインは卒業を待たずして寄宿舎を去ることが決まっていた。そして、明日にはもう屋敷の者が迎えに来てしまう。
――なあセシル、このまま何も話さないまま、俺と離れるつもりなのか。もう、こうやって腹を割って話せるのも今晩だけかもしれない。本当のことを話してくれよ。お前が一体何を考えて、どういう理由でこんなことしてるのか。
 今晩も返事らしい返事は返ってこないかもしれない。どこかひやりとしたものを感じながら、そう告げたカインにセシルはただ頷き、そしてその手を引いて、夜の森へと歩き始めたのだった。
 繋ぐ手はいつになく冷たい。それが肩を濡らす小雨のせいではないことだけ、何となく感じていた。寄宿舎から十分に離れた森の中で、ここまで繋いでいた手をほどけば、セシルは向き直り、カインの目をしっかりと見つめ、その口を開いた。
「ずいぶん、馬鹿げたことばかりした自覚はあるんだ。君やローザをきっと傷つけた。でも……どうしても確かめなくちゃいけなかったんだ」
 そう言って寂しげに微笑むセシルの肩にカインは手を伸ばす。ふざけたことを言うなら、その頬を張ってやろうとすら思っていたのに。まだ華奢さの残るその肩はかすかに震えていて、もうどんなことも言えないような気持ちになる。
 小さい頃からローザやカインの後を不安げについていっていた、あのセシルが、考えなしに自分たちを避けるなんてことあるはずなかったのに。
「……一体、何を」
 少しの逡巡の後、セシルがそれを口にする。
「これから君なしで生きていけるかどうかを。できるならずっと、二人のそばにいたかったよ」
 肩にやっていたその手にぎゅう、と力を込め、説得するようにカインはセシルの顔を覗き込む。
「いられるさ!そのためにお前が頑張ってきたのを同じ部屋でずっと見てきた。何が俺達の邪魔になるっていうんだ?身分の違いか?それとも俺が竜騎士団に入ることか?お前の居場所くらい、俺がいつでも作って――」
「ありがとう、でも違うんだ」
 ゆるく首を横に振れば目を伏せ、短くセシルは答える。それから不意に彼はカインの腕へと手を伸ばし、その身を預けるよう、もたれ掛かってきた。離れていた時は、雨音にかき消されて聞こえなかったセシルの静かな呼吸を感じる。
 ごく心の奥底にしまっていた秘密を打ち明けるようなひそやかさで、彼は言葉をつなげた。
「――子供の頃からずっと、陛下の役に立ちたかった。陛下がいなければ、僕は今ごろ生きていなかったろうから、だから全てを陛下に捧げる、そうしなきゃって決めていたんだ。ずっとずっと前から。だけど、君やローザと一緒にいると楽しくって……いつまでもこんな日が続けばいいと思ってしまう。それじゃだめなんだ、この身も心も、全部陛下のためのものなんだから」
 養い親であるバロン陛下をセシルが慕うのは当然だ。それでも、セシルの人生はセシル自身のもののはずだ。
「……大恩ある陛下の支えになるという夢も、お前自身の望みもどちらも両立できるさ。心のままに生きたらいい。そうでなくちゃ、むなしいだろ」
 カインの言葉の後、しばらくセシルは物を言わなかった。ただカインの肩にその頭を預け、怖い夢を見て目覚めた子供が甘えるみたいにじっとしていた。小雨の中で、動かずに身を寄せ合っていると、互いの息遣いや体温がよく伝わってくる。少しの間、自分たちを避ける事で、己が悩みにたった一人で向き合おうとしていたセシルの辛さも。そして、何か覚悟を決めたように、セシルは大きく息を吸うと、カインの胸をそっと押し、預けていたその身を離す。それから、寂しさの色と強い意志が滲む瞳をこちらへ向ける。
「でも……生まれた時からカインが竜騎士になることが決まっていたのと同じで、選べないこともあるんだ。だって、心臓は二つはないでしょ?同じように生き方だって両方は選べない。僕が選ぶのは、兵学校を出たら――暗黒騎士になるってこと」
 暗黒騎士。それは、強き憎しみの心や生命力を闘気に代えて戦う戦士だ。歴代のバロンの王やそれを支える騎士達は暗黒剣を身に着け、襲い来る脅威を打ち払ってきたといつか父に聞いたことがある。そして、命を削る暗黒剣を振るう者は、多くの場合、その力ゆえに身の破滅を迎えたとも。
「どうしてそんなものに――まさか陛下に、」
「違うよ、あの方はそんなこと全然望んでなかった。これは、僕のわがまま。家柄も陛下を護るための力も、何も持たない僕が差し出せるのはこの命だけだ。だから、その使い手である陛下じきじきに暗黒剣を授けてもらえるよう、何度も頼んだ。そして、願いは聞き届けられたんだ」
 舞踏会の晩、姿を消したセシルが王の馬車へと向かっていくのを見たという者がいたが、そこでセシルが何を話したのか、ようやく合点がいった。
「暗黒剣を授けることが、陛下の命を危険に晒すかもしれないのに、肝心な僕が生半可な覚悟でいるなんて許されないから――全てを陛下に捧げる。そう決めたんだ。だけど……」
この森へと入ってきた時と同じように、セシルはカインの骨ばった手を取り、それから自身の右胸へと置いた。
「……子供の頃から、ずっと僕の前を走って、いつも手を引いてくれた――僕が憧れてやまないその人だけには、本当のことを知っていてほしいんだ」
 これもまたわがままだけど、と自嘲的な笑みをセシルは浮かべる。ああ、触れたセシルの胸が早鐘を打つのを感じる。
「これから先、どこにいても、何かがあって――君のいない場所で戦って死ぬことがあっても、病気の時も、もしも別の人と恋に落ちても、君に憎まれるようなことがあっても、ずっと君のことが好きだ。それは変わらないと思う」
 だって君と離れていた間、ずっと君のこと、考えていたから。そう目を伏せ、頷くセシルの言葉に、カインは自分の頬がさあっと染まっていくのを感じた。
 愛しく思うその人をその気持ち故に避けてしまいたくなることがカインにもあった。何物にも代えがたいと感じている、あの白薔薇のような可憐さの、蜂蜜色の髪をした少女。カインにとっての「心臓」は、彼女だった。
 じゃあ、セシルにとってのそれが自分だと聞かされた今、どうしてやるべきなのか。突き放すべきなのか、それとも。
「俺は……お前に何をしてやればいい、セシル。わからないんだ」
「ただ、心に留めておいてくれればいい。今日限り、この気持ちは君に預けるから。時々、代わりに思い出して。それから、懐かしく思ってもいいし、理解できないと不可解に思ってくれてもいい。これが、この身のほかに僕が持てる、あげられる全部の事ことだから。あとはもう、何もない」
 その時、一瞬、空が真白い光に包まれる。それからややあって聞こえる轟音。遠くに雷が落ちたのだ。その稲光をきっかけに、先ほどから体を冷たく濡らす雨の勢いは一層激しさを増した。もう寄宿舎に戻るべき頃合いだろう。しかし――。
「ねえ、もう少しだけそばにいてくれないかな」
 先ほどの閃光で一瞬、はっきりと見えた――子供のころから頑固で、一度決めたことは譲らなかったその幼馴染の顔が、あまりにも頼りなく、そして泣きそうに見えたから。セシルがそう呟いたのと、カインが彼の濡れた頬にそっと口づけをしたのはほぼ同じだった。

 確かこの林の中には兵学校所有の納屋があったはず、と今度はこれまでとは逆にセシルの手を引いて歩き始めたカインの勘は冴えていた。少しもしないうちにその古びた物置小屋が目の前に現れた。
管理者が不用心なのか、それとも悪い生徒がたまり場にしているのか。どちらにせよ納屋に鍵がかかっていなかったのはついていた。小屋の中に入り、明りになりそうなものはないか探すと、油がわずかに残っていたランプが棚の上に置かれていた。
明かりをともした後、カインが身に着けていた上着をタオル代わりのつもりでセシルへと放りなげる。いつまでも濡れたままでいれば風邪をひいてしまうだろう。
「それで事足りるかはわからんが、せめて髪くらい拭け」
 その言葉を聞いたセシルは何故だか嬉しそうに微笑んでいる。胸に秘めていた事実を余すことなく伝えることができ、気が抜けたのか、さっきまで悲壮な決意を語っていたのと同じ人間だとはにわかには信じられなかった。カインも身に着けていた肌着を脱げばそれを絞り、少しは乾くかもしれない、と適当な場所に干していく。
 こうやって少し落ち着いてみると、確かにセシルと、全くのなりゆきではあるが、口づけを交わしたのだ、と不思議な高揚感がや気恥ずかしさが湧いてくる。思い人がいる以上、女だ男だという前に、他の人間と口づけしようと思ったことはなかった。つまりあれが、人生で初めての口付けだった。あの瞬間――それは、空に瞬く星が流星となり、地上に引き寄せられていくみたいに、カインはセシルに引き寄せられた。そうしなければ、以後永遠に彼を失ってしまうような、そんな気がしたから。
「なあ、それで……どうするんだ、これから」
 こうやってセシルに問いかける間にも、決して不快なものではない、しかしそわそわとして耐えがたい何かが湧き上がってくるのを感じる。それは熱に浮かされるような感覚で。寒いから、という理由ではなく、先ほど口づけ薄を交わしたばかりのその人の肌に触れてみたい。そんな妙な気持ちが湧いてくる。明かりの側に腰を下ろしたカインを見下ろし、セシルはいたずらっぽく首を傾げ、微笑む。
「どうしたらいいんだろうね、僕もわからないけど――君が嫌じゃないなら、ねえ、触ってもいい?」
 薄紫色したセシルの美しい瞳にも、確かに同じような熱を感じる。なんだ、同じこと考えていたのか。そう、安堵しながらカインは頷き、少しは乾いた、肩まで伸びたセシルの銀色の髪に触れる。中腰になったセシルが、その手をカインの頬に伸ばすので、その体を迎えにいくように、セシルの背中を両の手で抱いてやる。
 回された腕に安心したように、セシルは強張っていた体の力を抜き、カインへその体をゆだねた。てっきりその口づけは頬に落ちるものかと思っていたけれど、予想に反し、セシルはその冷えた唇をカインのそれへと重ねた。
 唇で唇を塞ぐことの何が楽しいのか。上級生が恋人と校舎裏でイチャつくのを見てそんな風に感じたこともあったが、肌を触れさせ、唇を重ねながら、その荒くなりゆく吐息を間近で感じることは、単純に気持ちがいいし、また興奮もする。
 一体どこで教わったのか、一瞬そう聞きたくなるほどにセシルの口づけは的確にカインを高ぶらせた。舌で歯をなぞったり、唇の形を確かめるみたいに短く啄んだり、熱い舌を絡ませ合ったりすると、頭の芯がぼうっとなり、痺れるような感じがした。また、一人で「する」時とは異なり、加速度的に下腹部に血が集まっていく感覚がして、じれったくて泣きたいような気持ちになる。
 気持ちがよくて、ずっと続けていたいのに、早く楽になりたい。相反する快と不快に苛まれて、頭がおかしくなりそうだ。そして、こんな風に興奮するのも、セシルが巧みだからではなく、相手が幼い頃から共に時間を過ごしてきた彼だからなのだ、ということも口づけを重ねるさなかで、何となく感じていた。
深い口づけのたび、小さく切ない声を上げるセシルの声を聴くと、同じようにどうしようもない気持ちになる。自分の手が、唇が、体が、彼に何か気持ちのいいことを与えてあげられるなら、そうしてやりたい。だけど、同時に加虐心めいた気持ちも湧き上がってくるのはどうしてなんだろう。
 もっと泣かせたい、同じように気持ちがいいのに出口がない、甘い辛さを味合わせたい。そんな風に思ってしまう。だからだろうか、それともお互いの濡れた着衣が不快だったからかもしれない。セシルの耳元でカインは、それを脱ぐようにそっと耳元でささやいた。
 友達にこんなことを言うのは間違っているのに、口にしてはいけないことを言葉に出してしまった。その事実でさらに頭の芯が痺れそうになった。そして、寸分置かずセシルも囁き返す。
――心臓ほんとうをあずけた、君が言うなら。
 微笑んだセシルの瞳は熱で潤み、またその表情は切なげだったけれど、その頬は確かに上気していた。お互い何も身に着けない姿になり、向かい合って横になりながら、さらに口付けを続けた。
 セシルの肌は白く、カインのものとはやはり違う様に出来ていると思った。真珠のような波打った髪、薄く色づいた淫靡な胸もと、それから柔らかそうな下生えと、その下で形を持ちつつある上品な性器も。
 神がいるとするなら、どんな理由でセシルをこんな形に作ったのだろう。美しく、そこにいるだけで人の目を惹くセシル。誰かが慰み者にするために、こんな姿かたちを与えられたのではないように、と願わずにはいられなかった。
 セシルがカインのまっすぐな髪に手を伸ばし、それから少年らしさが薄れつつある背中に触れる。カインもセシルの白い首や鎖骨、それから平らかな胸と、ツンと尖り、硬さを持った突端に触れていく。手のひらで撫でおろすように触れると、セシルは苦し気に、しかし甘さも含まれた声でうめく。同じ男の体だというのに、セシルのそこはカインのものより、ずいぶんと鋭敏だった。
 唇を唇で塞ぎながら、わざとじれったく感じるように、励起したそこではなく、乳首の周りを円を描くように、そっと指先で触れるか触れないかくらいの感触でカインは触れていく。それが善いのか、辛いのか、セシルは身を捩り、子供がいやいやするみたいに首を横に振り、涙の浮いた熱っぽい目で見上げてくるが、止めてなどやるものか。
「だって、これが善いんだろ。そういう顔、してるぜ。セシル」
 そう告げることでより性感が高まるように、わざと吐息を多くしてセシルの耳もとに囁いてやる。図星なのか、セシルの耳朶はかわいそうに、紅潮していく。カインはその耳へ舌を沿わせ、その刺激にセシルの体が震えることに愉悦を感じた。
 ひどいよ、でも気持ちいい、頭がおかしくなっちゃう。浮ついた響きで囁き返すセシルの言葉の中にも、それを口にすることで快感を見出しているふしが感じられた。
 こんな風に全くのなりゆきで、誰かと体を重ねることがあるとは思っていなかったけれど。この言葉が適当かは分からないが、多分、セシルとこういうことをするのにカインは向いているのだと思った。
 つい苛んでやりたくなるカインと、恥辱の中に気持ちよさを見出すセシル。ずっと昔からの親友だというのに、俺達二人の体は全く、おあつらえ向きにできている。より刺激を求めているのか、足を絡ませ、恥ずかしげな表情を浮かべながら腰を揺らすセシル。
 カインは、少し体を下へとずらし、自身の前髪を邪魔にならないよう耳に掛ければ、それまで勿体ぶって触ってやらなかったセシルの胸の突端に舌を這わせる。
 ひっ、と言葉にならない声を上げた親友の体が大きく仰け反り、強張る。その反応を見てから、舌や唇で優しく――ともすると物足りなさを覚える程度の刺激を与え、セシルの鼻から切なげな吐息が洩れるのを楽しんだ。それから、いよいよ固く尖ったそこに歯を軽く当てたり、吸い付きを強くしたりしていき、相手が身もだえする様をいい加減異様な状況に痺れきった頭で眺めた。
 すると、どうしたことだろう。潤んだ瞳をしたセシルが、すこしばかり恨めし気にカインを見据えたかと思えば、やわやわと髪や肩、それから背中や腰を撫でていたその両手をカインの中心へと宛がい、今度はカインがセシルにしたようんに、じれったいやり方でもって軽く上下させはじめた。
 ふんわりと、しかし隙間なく性器を両の手で包み込み、先端に親指を這わせ、早速溢れ始めた透明な先走りの汁を指に取り、くちゅくちゅとわざと水音がするように、緩慢にそこを苛む。本当は手が触れ、動くたびに心地がよく、上り詰めていく感覚がするのを、口を固く結び堪えようとするが、徐々に緩急をつけて熱い手で、幼さの少し残る肢体には不似合いな、怒張する性器を刺激されると、堪え切れない声が洩れてしまう。
「これでおあいこ、だね。でも、僕の手で気持ちよくなってくれて、すごく嬉しい。ねえ、カイン」
 セシルは目を細め、現在進行形のその行為に全く不釣り合いな、甘く切ない声でもって「好きだよ」と静かに呟いた。そして、セシルは突然カインの性器を弄ぶその手を静止すると、片手はそのままに、離した右手を自らの背面へと回す。それから上がった息を整えながら、その右手を自らの股ぐらへと伸ばせば、大きく息を吸ったのち、ゆっくりと長く息を吐きながら、陰った場所へとその幼さの残る指を這わせる。
 カインの中心に触れたままの左手を動かすことはつづけたまま、どうやら自らの後ろを広げようとしているようだったセ。シルの腕へとカインが手を伸ばすと、そこには冷や汗が滲んでいた。
それまで暖かだったセシルの体が、急に冷えていくような気がした。性器を扱く手をカインは静止させれば、空いた左手に自らの右手を絡ませ、温めるようにする。
「……慣れないこと、するから。無理しなくていい、もうやめよう。辛いお前を見るのは、いやなんだ」
 その言葉にセシルは首を縦に振らなかった。半ば意地を張るように、いやだ、と小さく呟くセシル。
「最後まで君としたいんだ、どうしても」
 セシルはやると言い出したら、誰が何といっても聞かない頑固者だ。そんな彼を説得することが難しいのは、これまでの生活を経て、カインは十分に理解していた。
「――わかった、お前がそう言うなら、止めるのは無理だよな。だけど、」
 一人で後ろの準備を整えようとしていたセシルのその手をカインは外させ、代わりに自分の大きな手を宛がった。
「俺がやってやる、だからセシルは息を逃がすのに集中しろ」
 思いもよらない提案だったのか、嫌だ恥ずかしいだの、自分でするほうがいい、だのゴニョゴニョと文句を言うセシルをカインはいい方法で黙らせる。そう、キスで。これならしばらく何も言えない。そうしてまた、緩く口づけを繰り返し、早くまともな思考を追い出そうとする。
 普段から少しは触っているのか、セシルのそこは案外すんなりとカインの長い指を受け入れた。陰ったその場所は温かく、元から性器を受け入れるために作られたのでは、と思うほどだった。ひだのない、きつく締め付けてくるその場所をほぐすため、指を徐々に増やしていく。
 セシルが気を遣らないよう、握る手に力を入れたり、時々名前を囁いたりする。そうすることで辛さが少しでも和らげばいい、そう思った。
 いよいよ、これなら怒張を飲み込むには十分なほどにそこがほぐれたのか「もう、大丈夫だよ」とセシルが頷く。しかし、どのような方法なら辛くなく性器を受け入れられるのか、全くカインにはわからず、途方に暮れかけたその時、君は上になって、とセシルが助け舟を出した。
 結局、言う通りにカインはセシルを組み敷き、痛いほどに張りつめた中心を、足を抱えた姿勢により露わになった、うっすら桃色に色づいた後孔へと押しあて、少しずつ沈めていく。ぐっ、とセシルが深く息を飲み、そしてそれを徐々に逃がす旅に、抵抗はありながらも少しずつ肉が肉を受け入れていくのを感じた。
 幸いなことに性器から溢れていた先走りで、少し滑りがよくなる。早く楽になりたい、ずっとお預けを食らっていて今にも溢れてしまいそうな精液をセシルのここにぶちまけてしまいたい、と逸る気持ちをなんとか押さえつけ、じれったくなるような時間をかけ、根本まで性器をうずめていく。
 また、カインを受け入れるセシルの様子も、先ほどよりもずいぶん楽に見える。というか、ゆっくりと慣らされながら、性器を受け入れる中で、善い所をかすめたのか、時々小さくその体を震わせている。
 性感がもっと高まるよう、耳元で、口に出すのを躊躇うような言葉をカインはセシルに聞かせてやる。その瞬間、刷毛で刷いたようにセシルの頬が赤く染まる。
「違う、ちがうよ――誰のモノでも咥えこんだりなんてしないよ、僕は」
 声を抑えるのも忘れ、少し泣きそうになりながら、信じてよ、と寂しげに口にしたセシルに、カインは少しばかりすまない気持ちになる。
「悪かったよ。ひどいこと、言った。わかってるよ、セシルが誰にでもこんなことするわけないってことぐらい。だから、泣くなよ、泣かないで」
 涙の滲んだ目元に手を遣り、そっと雨粒みたいなそれをカインは拭ってやる。すっかり受け入れられ、馴染んだ性器をゆっくりと最初はセシルの息遣いに合わせ、引いて、また埋めて――という動きを繰り返す。
気を張っていないと、いつ達してしまってもおかしくない。柔らかく、そして狭いセシルの体の中は、それくらい具合がよかった。
 抽送の度、短く上がるその吐息や喘ぎに甘いものが混じり始めたのを感じれば、もう動くぞ、と組み敷いた人にカインは告げる。苦し気に浅い呼吸をするセシルも、その言葉に声なく頷き、同意する。
納屋の窓から見える空は、だんだんと白んできていた。思った以上にゆっくりと時間をかけ、まぐわいを続けてきたようだ。
 もうお互い体力も限界だろう。カインは一度、抜けるぎりぎりまで腰を引いた後、そこから打ち付けるように、また体が求めるままに一定のリズムで抽送を繰り返した。
それに呼応するように、短く、あ、あ、と掠れたセシルの声が聞こえ、また、内側の締め付けもその度に強くなった。何度か繰り返すうち、ぬかるんでいるように柔らかな肉の温かさ以外はもう何も考えられなくなってしまった。
 出したい、セシルの中に早く。もう、それだけだった。
「あ、カイン、僕、もうだめ――」
 先に力尽きたのはセシルだった。揺さぶられる度、嬌声を上げ、時々ゆるく腰を揺らしていたセシルだったが、ある時、その体をぴくぴくと震わせたかと思うと、自らの口元を抑えて声が聞こえてしまわないように気を付けながら、体を弓なりにのけぞらせた。ほとんど触ることのなかったセシルの前からも、白い雫がどくどくと溢れる。
 気持ちいい、カイン、だいすきだ、とうわごとのように達しながらセシルが呟くのを見て、カインも熱いその迸りをセシルの中へとぶちまけるのを堪えられなかった。初めて人と体を重ねた。しかも長い時間を過ごしてきた親友と。
 頭の中がぼうっとする、待ちに待った快感が襲い来る中、後悔とも違う、呆然とした感情にカインは呑まれていった。
 どちらも言葉を交わさないまま、体を軽く清め、服を身に着けた後は、何をするわけでもなく、ただ手をつなぎ、二人で寄り添って座っていた。
「もうじき朝だな、そろそろ戻らないと」
 空は夜明けが近いことを思わせる、浅い青に染まっていた。戻れば、セシルはもちろん、カイン自身をもこれまでとは別の時間、別の暮らしが待っている。
「うん、……ねえ、僕が忘れたとしても、今日の事、君だけは覚えていてね」
「なるべく――善処するよ」
 ああ、忘れないさ、とはとても言えなくて。照れ隠しで言った一言にセシルが泣かないといいな、とカインはぼんやりと思った。

 その朝、疲労の残る重たい体をなんとか動かして寮へと帰ったはずなのだが、正直なところ、ほとんど記憶がない。まだたったの五年程前の出来事なのに。一方的な「わがまま」で、カインにその心を預けた張本人は、本人の望み通り、暗黒剣の修業を修め、今や飛ぶ鳥、いや飛竜をも落とす勢いの飛空艇団の隊長となった。
 あの頃の幼いセシルにとっては、誰に忠誠を誓い、誰のために生きるかということは、おそらく大きな問題だったのだろう。本当に忘れてしまったのか、もうその思慕に片が付いただけなのか、その後五年が過ぎようという今も、一度もセシルはあの晩の話をしない。
 妙に掘り返すのもおかしい話ではあるが、あれが「初めて」だったんだぞ、少しは何らかの責任を感じてくれてもいいだろうに。そう問いかけたい相手は、今は空の上だ。
の遠征はどれくらいで終わるのだろうか――このところ、城で見かけるセシルが妙に疲れて見える時がある。暗黒剣で命をすり減らしてやしないか、それだけが心配だった。 
 しかし、セシルから打ち明けられるまで、思ってもみなかった。人から預けられる「心臓しんじつ」がこんなに重たいものだなんて。
 いっそのこと、今度尋ねてみようか。五年前の晩、俺にくれたものをお前は覚えているのか、と。今や竜騎士団長となったカイン・ハイウインドは、バロン上空へと飛び立ったばかりの真新しい深紅の機体を団の詰め所の窓から見上げた後、大きく伸びをすれば、誰に聞かせるわけでもない言葉を何事か呟き、その場を辞した。