センパイは何でも知っている。自由落下運動の公式とか、季節ごとの空の色の名前、あとは桜餅のにおいの成分の名前とか。
クマリンっていうんだって。桜の葉を乾かしたり、こなごなにしたり、塩漬けにして――まあ、細胞が死ぬとあの匂いが出てくるみたい。
まだ早い春、自称特別捜査隊の面々と最後の時間をうんと惜しむように、ちょっと浮かない顔で街中をぶらぶらしながらセンパイはそんなことを話していた。クマリンってクマの親戚みたいね、なんて熊田が楽しそうにつぶやく。イヌリンなんていうのもある、とセンパイ、得意げに言葉をつないでいたっけ。
もう人を脅かす霧もなく、真っ青な肌寒い春の空の下、今日のセンパイはいつもの気軽なおしゃべりなんかせず、押し黙っている。
またすぐにきっと会えるよ。東京なんてすぐじゃん、遊ぼうせ。そんな風に慰められても、口をきゅっと結んだままで。
しばらくして、列車がホームに留まり、乗車を促すベルが鳴る。
「じゃあね」
短くそう言ったセンパイは列車に乗りこみ、おれたちが見える窓側の席に座る。
あ、センパイ、泣いてる。
いつもはポーカーフェイスで、かと思えば抜けてるとこもあったりするけど、大人っぽく見えたセンパイが、まだたったの17歳だったのをみんな思い出す。
顔をくしゃくしゃにして、次から次に溢れる涙を一所懸命に拭って。
そうして、ゆっくりと列車が走り始める。
センパイ、少しでも笑ってくんねぇかな。みんなで追いかけて、大声で言いたいことを口々に叫ぶ。
ああ、開け放った窓からおれたちの声聞こえてたかなあ。電車がまめつぶくらいの大きさになるまでホームにつっ立って、見守りながら考える。
聞こえてたよな、だってこっちも見ずに窓から心細そうに少しだけ出た手が、小さく揺れていたから。