わっかんないんだよなあ

 少し離れたあたりに腰を下ろして休息を取るセシルとクラウドに手を振る。せっかくの水辺だし、二人も身を清めたらとフリオニールが提案したけれど、後でいい、と言われてしまったそうだ。

「丸腰で襲われたら一溜まりもないし、僕達はここで待ってる。気にしないで、か。さすが二人とも大人だよなあ、なぁ、フリオ? フリオー?」
 ざばぁ、と音がして、姿が見えなかった仲間が水の中から現れる。下半身用の鎧下だけ身に付けた、随分涼しげな格好の彼は、少し前よりもずっとさっぱりとした面持ちをしている。
「ああ、……何だか悪いな、いつも二人には」
「そうっスね。……オレ、そろそろ戻ろうかな。だけどさ、不思議だよな、ここ。コスモスのアジトが近いせいかもしれないけど。他の海とか見ても、何かおっかないし、全然泳ぎてーとか思った事なかったんだ。でもさ、戻ってきた途端に、何だかこう、元の世界のスタジアムで泳いだ事とかふっと思い出して、うずうずしちゃって。
……フリオ、すっげー疲れてた顔してたけど、ようやく元気になったっスね!」

 仲間が待つ場所へ向かって歩きはじめるティーダに言葉無くフリオニールも続いた。
「だけど、オレももっと頑張らなきゃな、ちゃんとフリオやセシルやクラウドの力になれるように、さ、
あー、ほんと、こんなにリフレッシュ出来たのひっさびさ……」
 大きく伸びをしたら、ついつい欠伸が出てしまって、その時、横を歩く仲間が何か呟いたのを聞き逃してしまった。
「もう、充分助けられてるさ」
「ん?」
「おれも、あの二人も、お前が居て助かってる。ティーダ、ありがとな」
 今度ははっきりと聞こえた。なんのてらいもなくこういう事を言えてしまうのだから。思わずこちらが気恥ずかしくなってしまうけれど。照れ隠しに、少し猫背ぎみの背中を軽くぺちん、と叩いてやる。
「何すか、フリオ、肝心な事は言えなくてウダウダしてんのに、そういうハズカシイのは平気なんだな」
「な、何が言いたい、」
 動揺を隠せない声と染まっていく頬。
「ホラ、そーやってすぐ慌てるし、分かり安すぎだっつーの!ははっ」
 からかわれていると思ってのか、口を曲げ、黙ってしまうフリオニール。
「言っちゃえよ、絶対その方が良いって、大体もう全然隠せてないぞ」
 面と向かって、彼が誰に熱を上げているのか、相手のどこを好いているか、などは聞いた事がなかったけれど、想像は付いた。柔らかく名前を呼ぶ声、悪鬼を模した兜の下から現れる、遠く離れたどこかやおとぎ話の世界を思わせる整った顔と良い匂いのしそうな髪。
 このままずっとモヤモヤした気持ちのままなんてヤだろ? 背中を押す気持ちで告げた言葉は、案の定、優しすぎる彼らしい文言で遮られた。

「……そんなの、おれが楽になったって、あいつは、セシルは居心地悪いだろ」
「あっ、フリオってば、やっぱ、」
「あー、もう! 放っておいてくれ!」

 また少し、遊びすぎてしまったかもしれない。ティーダを置き去り、走っていってしまうフリオニールの背中を見つめながら、結構マジメにアドバイスしたつもりだったのになあ、と独りごちてももう遅い。しかし、岸辺で待つ二人に手を振る彼を見れば、とんだおせっかいだけれど、今度またそれとなく、あの二人にも尋ねてみようか、と思い始める。
“何に一人思い煩っているのか釈然としない”フリオニールについて。そして、日々鮮やかになっていく、元の世界での楽しかった記憶について。
――最後かもしれないだろ、なんて、そんな事、まだ言いたくないけど。
 もしかして明日、とはならないだろうけれど、ある日突然、この居心地のよい仲間との別れの時が来ても後悔しないように。